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5つのエイズ薬を開発したノーベル賞候補 満屋裕明医師(2)

      2017/09/09

5つのエイズ薬を開発したノーベル賞候補 満屋裕明医師(1)
の続きです。

AZTのスピード承認

ついに発見された新しい薬剤AZT

今度も治験は驚くべき速さで実施されます。

副作用も認められましたが、多くの患者で症状の改善が見られ、治験は次のステップへと進みます。

治験では被験者の血液を検査しますが、ここでもバローズ・ウェルカム社は、血液検査はNCIでやってくれと、検体の受け取りを拒否します。
感染血液を扱うことを恐れたのでしょう。

さらにバローズ・ウェルカム社は「治験を続けるだけのAZTを生産できない」と言ってきます。ブローダー氏は仕方なく、ツテをたどってAZTの原料をかき集め、バローズ・ウェルカム社に無料で送りました。薬剤の原料費もNCI側が持ったということです。

こうして、AZTの治験は進み、進むにつれてその効果が明らかになっていきます。AZTの投与を受けた患者と受けない患者の死亡率の差は日ごとに広がり、AZTは慎重な治験よりも、迅速な認可を望まれるようになります。

薬剤

AZTは、「効く」ことを理由に治験を切り上げ、異例のスピード承認、販売へと漕ぎ着けた類例のないケースとなりました。
1987年1月のことでした。

バローズ・ウェルカム社のしたこと

$10,000のクスリAZT

AZTに認可が降りたことで、重大な変化が起きます。

薬価の発生です。

正式な処方薬となったAZTの薬価は、バローズ・ウェルカム社がつけることになるのですが、会社のつけた価格は1錠が1.88ドル。1年間の服用でおよそ1万ドルかかるというとんでもないものでした。(当時1ドルは153円前後です)

これはアメリカでの話です。保険に加入していない人が多くいます。すでにエイズを発病していて、仕事の出来ない人も大勢いたはずです。年間1万ドルの薬をどうして買えるでしょう。

AZTの原価は 1kg=1,000ドル
処方量は 1日1,200mg

年間服用量 438g
年間原材料費 438ドル

です。
1万ドルは原価の22倍です。
ここに製剤化の諸費用がかかるにしても、これは…

加えてAZTは、希少疾病治療薬の指定を受けていました。
オーファン薬事法という、「患者数の少ない疾患にたいする薬剤の開発費用は、米国政府が70%負担する」という法律が適用されるということです。

当然バローズ・ウェルカム社は、各方面から批判を浴びますが(批判のデモも起きました)、合理的な薬価であるとして譲りません。

満屋氏は、子供時代の母親との約束である「長生きの薬を作る」ことに成功しましたが、裕福な者だけを長生きさせる薬を作ろうなどと思ったはずもありません。しかし、バローズ・ウェルカム社の所業は、これにとどまらなかったのです。

法律上、AZTはバローズ・ウェルカム社の発明

特許申請

バローズ・ウェルカム社は、満屋氏がAZTの効果を試験管内で確認した段階でイギリス特許庁にAZTの特許を出願していました。
(その後、アメリカでも特許を申請します)
発明者として5人の名が申請されましたが、すべてバローズ・ウェルカム社の社員で、満屋氏やブローダー氏の名前は一切出てきません。

試験管

一応、会社にも言い分らしきものはあります。

自分たちが、のちにAZTとなる物質を「エイズに効くかもしれない」と考えたのは、ウイルス発見のすぐ後で、満屋氏の研究よりも前だったというのです。
また、1984年のうちに同物質がマウスのレトロウイルス(HIVウイルスはレトロウイルスの一種です)に効果を示すという実験結果を出しているとも主張しています。

確かに「効くかもしれない」との前提があったからこそNCIにその物質を送ったわけで、それは本当のことでしょうが、バローズ・ウェルカム社がつかんでいたのは、あくまで「マウスのレトロウイルスに効く」という事実であり、それは、さらに10年前の1974年にアメリカの科学誌に掲載されていたことでした。

薬剤として承認を受けるためには、HIVウイルスそのものと人の細胞を使った満屋氏の実験が絶対に必要であり、その実験手順も満屋氏のオリジナルです。バローズ・ウェルカム社は実験にはまったく関与していないのです。

特許をめぐって製薬会社が抜け駆けするのは、よくあることだと言われますが、バローズ・ウェルカム社は、実験は他者の手をほとんど借りずに社内で進行したという旨のことも発言していて、これは明白な嘘です。

訴訟

この特許を巡っては、NCIではなく他の製薬会社や市民団体が訴訟を起こすなどしています。

結果、満屋氏は実験のさなか法廷に呼び出され、バローズ・ウエルカムの送り込んだ弁護士からの厳しい審問を受ける羽目になります。

この頃、バローズ・ウェルカム社が裁判所に、証人リストから満屋、ブローダー両氏を排除するよう求めていたことが発覚します。

排除…

満屋氏はこの時、「消される」つまり「殺される」という恐怖を感じています。
AZTは数十億ドル市場に成長していました。

命掛けで取り組んだ実験の成果として満屋氏の元に戻ってきたのは、新たな「命の危険」だったのです。

満屋氏は、研究者らしく特許に関しては終始淡白な態度でした。
それだけに、最初から発明に関する申請などまったくしてありません。
そういった事実と、バローズ・ウェルカム社の海千山千な弁護士の手腕、応戦するNCI側の弁護士の怠慢(NCIは政府機関であり、弁護士らは政府から派遣される役人のようなものです)が重なり、満屋氏は不利な立場に立たされていました。

結審

裁判は、唐突に終わります。

ノースカロライナ州地裁は、バローズ・ウェルカム社の証言を聞いただけで、陪審の必要もないと判断して裁判を終わらせてしまいます。

こうして巨額の特許料は、バローズ・ウェルカム社のものとなったのでした。

意外な逆転劇

ddIとddC

バローズ・ウェルカム社は、非難を受けながらも相変わらずの高額でAZTを販売し続けますが、この独占は、1991年に終わります。

終わらせたのは、満屋裕明氏です。

満屋氏は、AZTが法外な薬価や特許訴訟で騒がれているうちから、新たなエイズ治療薬ddIの開発に着手していました。

ddIは、91年に新薬の認可を受け、これを製造販売するブリストル・マイヤーズ社はAZTのおよそ5分の1の薬価をつけたのです。
続く92年、満屋氏開発のddCが認可され、ロシュ社が製造販売をすることになりました。

(ddI、ddCともに、満屋氏が特許を取りました)

ここまで爽快な逆転劇は、あまり見たことがありません。

研究者の本分のを守りながら、バローズ・ウェルカム社の牙城を崩した満屋氏に感嘆するばかりです。

終わらない「長生きのくすり」開発

ダイナビル

実は満屋氏の挑戦にはまだ続きがあります。

2003年、満屋氏は、バデュー大のゴーシュ教授との共同研究によりさらなる新薬「ダイナビル」の開発にまたも成功するのです。

これはプロテアーゼ阻害剤と言う、HIVウイルスを助長する酵素の働きを止める薬剤です。
2006年に承認され、アメリカ政府によりアフリカの国々では特許料を支払わずに使用できるようになりました。

EFdA

満屋氏の研究はこれにとどまらず、今現在、治験中の新しい薬剤もあります。

EFdAと言う逆転写酵素阻害剤で、抗ウイルス活性はAZTの400倍とも言われています。

おそらくこれが満屋氏の5番目のエイズ治療薬になることでしょう。

こうして「満屋裕明」という名前は、毎年のようにノーベル賞候補(生理学・医学賞)として上がるようになりました。
医薬品の開発は受賞しづらいとも言われますが、正体不明のウイルスに立ち向かっていった果敢さや、今もなお新たな有望物質を探し続ける継続性など、満屋医師の姿勢は、世界から賞賛されるにふさわしいと言えるでしょう。

エイズの今

重篤度の変化

2016年の現在、エイズを取り巻く状況は満屋氏がウイルスの研究を始めた頃から大きく変化しました。

初期に期待されたワクチンの開発は叶っていませんが、治療薬の進歩により、感染したら必ず死ぬといった病気ではなくなりました。
服薬により、発病をかなりの長期にわたって防ぐことが出来ます。

もっとも重要な点は

感染後、できるだけ早い時期に服薬し始めることで、感染者自身の発病を防げるだけでなく、他者に感染させる可能性をおおいに下げられることも明らかになっているということです。

早期の発見が鍵です。

満屋氏にノーベル賞を獲ってほしい理由のひとつがこれです。

この先生が受賞すれば、世界中でエイズの現状が改めて注目されるでしょう。早期発見がどれほど重要なことか、これを多くの人が知ることは、必ず良い結果に結びくと考えます。

検査

以前は、採血から1~2週間経たないと結果が出なかったHIV検査ですが、今は迅速検査といって即日で結果の分かる検査があります。

保健所でも迅速検査のできるところがあり(施設によります。事前に確認してください)、費用は無料です。

病院で受けることも出来ますが、病院の場合、費用に保険が使えず、全額自己負担となりますので気をつけて下さい。

また、郵送検査という方法もあります。

申し込むと検査キットが送られてくるので、自分で指先を軽く刺して採った(簡単です)血液サンプルを、同封の封筒にいれてポストに入れるだけです。

検査結果は、Webサイトにパスワードログインで確認するようになっていて、郵送や電話連絡はありません。

検査キットはこちら

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